他人のやる気を引き出すのは、難しい。
やる気を出せと迫るより、寝ざめが悪いから仕事で死ぬなよと冗談にした方が、モチベーションになるときだってある。
他人の挫けた気持ちを立ち直らせるのは、難しい。
辞めたいと萎えた者を、甘えるなと鞭打ったり、辞めたければ辞めろとつき落としたりするよりも、今はそういう時期だよと休息をすすめることが、よほど会社にとってプラスに働くことがある。
ひとつ思うことは、死ぬ気を出せなんて滅多に口にするもんじゃあ、ない。
特に、自分と違う他人の人生に対しては。
"死ぬ気と擬音と二つの葬式 - 背後からハミング (via yellowblog)
(motomocomoから)
(出典: fuckyeahuhljjang)
(出典: sunnyjjang)
(出典: endlessly427)
昔は出会いの場は少なかった。だから狭い世界で出会った人と、多少のことは目をつむって暮らしてきた。昔の大人は我慢強かった。世界が狭いがゆえに、そこで生きて行くしかないことをよく知っていた。狭い世界は、15年や20年も人生を送れば一通りのものが見られた。その世界の外側があることは認識してても、届くものではなかった。好奇心は失われ、黙々と生きる日々を送ることができた。
いま、世界は事実上の無限に広がっている。人々との出会いはいくらでもある。聞いてすらもらえなかった話を聞いてくれる人々にもどんどん出会える。
住みたいところに住み、食べたいものを食べ、寝たいところで寝る。そんなのもそう難しい話ではなくなった。
広がりすぎた世界にいると、好奇心の満足することがない。飽きることがない。だって世界は無限だし。
好奇心を失うことが大人になることだった時代は、そこで終りを告げる。昔の大人から見れば、いつまでたっても子供のままに見えるだろう。落ち着くことがない。だってまだまだ新しいものが見えるし。
どう考えても若者論より「大人論」のほうが必要ですという記事。この内容には大きく共感するものがある。無限の時代に生きる我々は、新しい大人像を模索する必要がある。
"あるべき大人像を模索していく - 狐の王国 (via fintopo)
(nakanoから)
これだけいけてるチャートに画像および文章の無断転用を固く禁ずるとある点とこれがtumblrでこれだけリブログされている(現在222)は重要な話だが、良い絵だ。色としては本当に混ざるとあの色になるのかなこれ
(motomocomoから)
アドレスの@のまえにピリオド入れたら別のアドレスと認識されるから他サイトで複垢量産するときに捗る。
たとえば、GMAILはnews@gmail.comとnews.@gmail.comってアドレスを同一のものだと認識する。ところが他のサイト、たとえばニコニコはnews@gmail.comとnews.@gmail.comってアドレスを別物だと認識する。だから一つのアカウントを用意しとけばいくらでも会員登録制の複垢を作れる。
■どういうこと?
具体的には、
「example@gmail.com」というアドレスを持っていた場合、
「exam.ple@gmail.com」でも、
「example…..@gmail.com」でも、
「e.x.a.m.p.l.e.@gmail.com」でも、
全て「example@gmail.com」宛てにメールが届くということです。
■+以降に任意の文字を入れても使える
「使えない文字があります」と蹴られるサイトもあるけど、
「example@gmail.com」というアドレスの場合、
「example+blog@gmail.com」でも、
「example+twitter@gmail.com」でも、
全て「example@gmail.com」宛てにメールが届きます。
■ドメインを「@googlemail.com」にする
「example@gmail.com」というアドレスの場合、
「example@googlemail.com」というアドレスにしてもちゃんと届きます。
一番シンプル且つ、わかりやすい方法ですね。
"一つのGmailアドレスで出来る「登録制サイトのアカウントを複数取得する」3つの方法 < インターネット・IT | RapidHack(ラピッドハック) (via syncn)
@直前のピリオドや連続するピリオドはRFC違反だクソが
(via burnworks)(yaruoから)
A:平日の午前9時から午後5時まで働いている人
B:休日もほとんどなく、毎日朝から晩まで働いている人
C:週に数時間だけ働いている人
この3人のうち、「もっとも模範的な人」はどの人だろうか。
その社会で何が「模範的」と考えられているかによるが、日本ではAだろう。
この3人のうち、「もっとも幸せな人」はどの人だろうか。
それはわからない。それぞれの人の「幸せ」観や、仕事の内容による。
この3人のうち、「もっとも社会に貢献している人」はどの人だろうか。
それはわからない。それぞれの人が出している成果による。
Aが「模範的」であり、「望ましい」とその社会が考えるのは構わないが、だからといってBやCの労働形態を規制したり、罰していいものだろうか。
Bは仕事が面白くて、3人のうちもっとも充実しているかもしれない。
Cは最小の労働で、3人のうちもっとも大きな成果を出しているかもしれない。
逆にAは、労働時間だけ見れば「模範的」かもしれないが、ほとんど成果を出しておらず、かつ本人も幸せでないかもしれない。
AはBより労働時間は短いが、仕事がつまらなくて苦痛であり、余暇の時間をストレス解消のために無為に過ごし、稼いだお金をムダ使いしているかもしれない。
自由主義者はこう考える。何が幸せかは本人しかわからないのだから、本人がA~Cのうち好きなものを選べばいい。逆に、本人がA~Cのうち好きなものを選べないように社会が強制するのは、自由の侵害である。
"自由とは「多様性を許容する設計」である - Zopeジャンキー日記 (via yellowblog) (via pdl2h) (via mnky) (via yaruo) (via ipodstyle)
2009-11-24
(via quote-over100notes-jp) (via mcsgsym) (via katoyuu)